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【ネタバレ】『バービー』クライマックスの撮影、現場では男女共に涙 ─ 監督が示唆する『蝿の王』との対比

バービー
(c)2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

この記事には、『バービー』のネタバレが含まれています。

バービー
(c)2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

映画『バービー』では、女性優位の“完ぺきなバービーランド”で暮らしてきたバービーと、そのお飾りに過ぎなかったケンが、物語の中で家父長制が支配する現実世界を目の当たりにする。ケンは家父長制の思想をバービーランドに持ち帰り、これまでバービーたちの後ろに隠れていた自分たちは、もっと強くて頼り甲斐のある、バービーたちに注目される存在になれるのだと覚醒。男社会の“ケンダム”を実現しようと画策する。

バービーランドがケンダムに乗っ取られようとする時、家父長制の人間界からやってきたグロリア(アメリカ・フェレーラ)は、かつての居場所を失いつつあるバービーたちに向けて、女性の抱える生きづらさをスピーチで説く。ここからバービーたちは、受け入れざるを得なかったケンたちによる家父長制を逆手に取った作戦に転じていく。

実はこのスピーチのシーンは二日がかりで撮影されたのだそうだ。グロリア役のアメリカ・フェレーラは、「体感では500回くらいやった感覚だけど、実際にはおそらく30〜50回、頭から最後まで通しでやりました」と、何度もテイクを重ねたことを米Vanity Fairに明かしている。「最終的にはアリアナ(娘のサーシャ役)も全部覚えちゃって、一緒に空で言えるようになってましたよ」。

思いをぶちまけるようなスピーチだが、テイクによって「怒りに偏ったテイクや、笑いに偏ったテイクもあった」と、フェレーラは振り返っている。様々なトーンで何度も繰り返し、うまくいく形を見出していったのだそうだ。

このスピーチの撮影は、現場でも重要な瞬間になったことを、監督のグレタ・ガーウィグも米The Atlanticに明かしている。「アメリカが素晴らしいスピーチをしている時、私はすすり泣いていました。周りを見たら、現場のみんなも泣いていたんです。男性陣も泣いていました。なぜなら、彼らには彼らの、言いたくても言えなかった(同様の)スピーチがあるからです」。

バービー
(c)2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

『バービー』の繊細かつ巧みな部分は、ここに集約されているといって良い。このインタビューで、「ケンがバービーランドを乗っ取りたいと望んでいるわけではないというアイデアはどこで生まれたのですか?この映画でケンは、執念深い悪役としてではなく、見当違いの者として注意深く描かれていましたが」と尋ねられたガーウィグは、「ある意味、無意識でやっていたことを、後からまとめるようなものだと思いますが、最終的には自分自身から救われたいと思うような要素もあったでしょう」と答えている。

『バービー』の物語は、“有害な男らしさ”や家父長制に呑まれたケンという個人ではなく、それよりも社会構造そのものを皮肉っている。ガーウィグはこう続けている。「これのディストピア版が『蝿の王』になる。(『バービー』の)彼らは人形だけれど、心理的には子どもなんです」。

『蝿の王』との対比は重要なヒントになる。ウィリアム・ゴールディングによる1954年出版のこの名作小説では、無人島に不時着した少年たちが、大人のいない世界で共同生活を送っていく様が描かれる。少年たちははじめこそ無邪気で、いつか大人たちが助けに来ることを信じて日々を過ごす。しかし極限のサバイバル生活の中で、やがて少年たちの間に上下関係が生まれ、派閥が生じ、対立が起こり、最終的には驚くほど残酷になり、殺人に発展していく。純粋無垢だった少年たちを突き動かしたのは縮図化された社会構造、あるいは“有害な男らしさ”と読み解くことができる。

ガーウィグが来日時にTHE RIVERに語った内容を振り返ろう。「探究したかったのは、全てのヒエラルキーはその個人の人間性を否定し、人を破壊しうるものだということ」。これは、『バービー』と『蝿の王』の両方の読み解き方として通用するものだ。

「この構造は、間違いなく男性にとっても辛いものです」とThe Atlanticに話すガーウィグは、だからこそスピーチの場面の撮影では男性陣も泣いていたのだと続けている。「そこには“誰か自分を止めてくれ!”という構造があり、それがケンが裏で感じていた感覚なのだと思います」。

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Source:Vanity Fair,The Atlantic

Writer

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中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者。代表。運営から記事執筆・取材まで。数多くのハリウッドスターにインタビューを行なっています。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。

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