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マーベル・スタジオ解雇の元幹部、ディズニーへの訴訟を示唆 ─ 両者の主張が真っ向から対立

『アイアンマン』(2008)以来、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)を率いてきたマーベル・スタジオ幹部のヴィクトリア・アロンソ氏の退社をめぐって、本人とディズニーが真っ向から対立している。最大の争点は、アロンソ氏がディズニー/マーベルの社外にて、映画『アルゼンチン1985 〜歴史を変えた裁判〜』(2022)のプロデューサーを務めたことだ。

まずはポイントを整理しておかなければならない。米The Hollywood Reporterによると、2018年にアロンソ氏がディズニーと結んだ契約には、“従業員は競合他社の仕事に参加してはならない”との制限があったという。『アルゼンチン1985』はAmazon Studios作品であり、言わずもがなディズニーにとっては競合他社にあたる。ところが、アロンソ氏はディズニー側の承諾を得ることなく『アルゼンチン1985』に関与し、その報告もしていなかったというのだ。

契約違反を認識したディズニー側は、当初はマーベル・スタジオにおける長年の実績を鑑み、今後は同作に関わらないことを言い渡すにとどめたとされる。ただし、事態を重く見たディズニーは、2022年に「今後はプロモーション活動を含めて社外の企画に参加しない」との条件で新たな雇用契約を結んでいたようだ。

しかしアロンソ氏は、その後も各映画祭を含む同作のキャンペーンに積極的に参加。ディズニーは契約違反をたびたび通告していたが、それにもかかわらず、アロンソ氏はアカデミー賞の授賞式に『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』(2022)の製作総指揮としてではなく、『アルゼンチン1985』のプロデューサーとして参加した。その8日後、ディズニーは契約違反を理由とする解雇を決定したという。

この報道は関係者への取材によるもので、一見すると筋の通ったものだが、アロンソ氏サイドはこの理由を完全に否定。米Varietyに対し、代理人を務める弁護士のパティ・グレイザー氏は以下の声明文を発表した。

「ヴィクトリアの解雇が、彼女が個人的熱意をもって取り組んでいた、人権や民主主義に関するプロジェクトに関するほんの数回の記者会見によるものだという説はきわめて不合理です。アカデミー賞候補となった同作への参加について、彼女はディズニーの承認を得ていました

ディズニーを批判する勇気を持つ、ゲイのラティーナであるヴィクトリアは沈黙させられました。彼女は、非難に値すると考えられる行為を拒否したことで解雇されたのです。ディズニーとマーベルによる非常に残念な決定は、深刻な結果を生むことになるでしょう。語るべきことはたくさんあり、ヴィクトリアはまもなくそのお話をすることになります──裁判所などの場において。」

法的対応を示唆する声明の公開を受けて、ディズニーの広報担当者もすぐさま声明を発表。「ヴィクトリアの主張において、明らかな契約違反や、社の方針に対する直接的違反など、退社に関するいくつかの大きな要因が除外されていることは残念です。今後の彼女の幸運を祈り続けるとともに、スタジオへの大いなる貢献に感謝いたします」と記し、あくまでも対立する姿勢を示した。

これまでアロンソ氏の解雇をめぐっては、以前から伝えられている、MCU作品におけるVFX製作現場の労働環境問題が一因なのではないかと指摘されていた。MCU作品のポストプロダクション、VFXやアニメーションを含む製作部門の代表を務めていたアロンソ氏は、アーティストの重労働に関する大きな責任があったとも伝えられていたのだ。

もっとも現在、アロンソ氏とディズニーは、ともにこの労働環境問題を表立った争点としては取り上げていない。ただし米Deadlineは、アロンソ氏が『アルゼンチン1985』のために数日間の休暇をしばしば取っていたこと、それが結果的にポストプロダクションの停滞を招いたことを伝えてもいる。

また3つ目の論点とされるのが、2022年4月、アロンソ氏がディズニーの元CEOであるボブ・チャペック氏を公の場にて批判したことだ。フロリダ州で可決された、通称“Don’t Say Gay Bill”(ゲイと言ってはいけない法案)こと、子どもによる性的指向や性自認に関する議論を禁止する法案に対し、ディズニーの反応がきわめて甘かったことを受け、アロンソ氏はチャペック氏を名指しで「時代遅れの狂った法律には反対の態度を明確にすべき」「(ビジネスの対象である)ファミリーのために明らかな態度を示すべき」と求めたのだ。

同じくDeadlineによると、この出来事ののち、ディズニー幹部はアロンソ氏に対し、今後はインタビューやメディア出演を一切控えるよう求めたとのこと。2022年後半、アロンソ氏はマーベル作品に関して“実力者の監督”から発言を求められたというが、これに対しても沈黙を貫いた。その後、アロンソ氏サイドの声明文にある「非難に値すると考えられる行為」が発生し、ディズニー幹部との衝突が起こり、解雇につながったとされる。なお、アロンソ氏が衝突した幹部は現CEOのボブ・アイガー氏ではない模様。既報によると、マーベル・スタジオのケヴィン・ファイギ社長も一連の解雇劇には介入できなかったという。

アロンソ氏の解雇に関してはこのように複数の論点があるものの、現地メディアが一様に報じているのは、解雇に至った最大の要因が、雇用契約を結び直したにもかかわらず、アロンソ氏が『アルゼンチン1985』のプロモーションに参加したことにあるという点だ。制作現場の労働環境問題や個人の言動など、ディズニーにとってのさまざまな課題と問題がこの出来事でピークを迎えたのではないかと推測する声もある。

▼ マーベル・シネマティック・ユニバースの記事

Source: Variety, Deadline, The Hollywood Reporter

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。

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