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【レビュー】出会いで全てが駆動する『人生タクシー』、その外側につながる世界

アッバス・キアロスタミの愛弟子にして、世界三大映画祭を制覇したことで知られる、イランの名匠ジャファル・パナヒ

イラン政府からパナヒに対し、2010年より20年間の映画監督禁止令が続く中で製作された、彼の待望の最新作『人生タクシー』は、パナヒ本人がタクシー運転手に扮して、賑やかなテヘランの街を駆け巡り、そこに暮らす人々の人生の一端に触れていく。

タクシーという“世界の中心”、その外側への意識

『人生タクシー』で、パナヒの運転するタクシーには実に多くの、何か目的を持った、あるいは何か問題を抱えた、個性豊かな人々が乗降する。彼らの登場により、物語は駆動し、タクシーも駆動するのである。
物語が展開していく舞台装置であるタクシーは、人物達の出会いの場であり、観客にとっては目撃の場である。いくつかのキャメラによって、タクシーの車内と、その外の世界は捉えられていくのだが、キャメラは常に車内にあり、物理的には一度として車外に出ることはない。キャメラが向けられるのは、舞台装置であるタクシーの車内であり、車外へは、時折、あくまで車内からその視線が向けられるだけである。
人々の出入りで、物語が駆動する舞台装置としてのタクシーの車内は、映画におけるフレームのように機能する。当然のことだが、フレームは、その内側/外側に、それぞれ可視/不可視の領域を生み出し、登場人物がフレームの内側に現れた時にだけ、観客はその姿を見ることができ、そこで起こった物事だけを目撃することができる。つまり本作の場合、それは「人々がタクシーに乗り込んできた時」である。その時にだけ、観客は彼らの人となりを認識することができるのだ。

http://www.starkinsider.com/2015/10/film-review-no-surpressing-creative-spirit-in-taxi.html
http://www.starkinsider.com/2015/10/film-review-no-surpressing-creative-spirit-in-taxi.html

人々の持つ目的や、抱える問題は、それがいかに大きく深刻なものであろうとも、どれも、それぞれの生活に根ざした非常に個人的なものでしかないと言える。しかし、それがどれだけ個人的なことであったとしても、舞台装置であり、またフレームのように機能するタクシーの車内は、本作において、いわば“世界の中心”なのである。つまり、特定の人物が乗客として存在している間、その彼を中心に、物語も、タクシーも駆動するのである。
ところが、ふいにキャメラが車内から車外に向けられた時、そこには乗客と同じように、人々が行き交っている様が見て取れる。もしかすると、そこでもまた観客は、人々の目的や問題を目撃してしまうかも知れない。

キャメラによって切り取られた、フレームの内側にある世界の連続によって映画が構成されるように、本作はフレームのように機能するタクシーの車内のショットの連続で構成されている。
我々観客は、切り取られたフレームの内側を見ることは出来ても、そのフレームの外側を見ることはもちろん出来ない。しかしフレームの外側にも、フレームの内側と同じように、世界は続いているはずである。人々がフレームの内側から外側へ去っていっても、またタクシーから降り去っても、彼らの世界は同様に続いていき、彼らの目的や問題もまた、フレームの外側やタクシーの車外へと、地続きで繋がっているのである。タクシーの車内、そしてフレームの内側とは、人々の姿や、彼らの目的や問題を、観客が目撃する場に過ぎない。

観客にとっての現実には、フレームの外側には劇場の暗闇が広がっているのだが、同じく映画を、ある現実の側面から見るならば、フレームの内側に燦々と光が差し込むとき、その外側にはその光を生み出す“何か”があるはずだ。フレームの内側に雨が降り注ぐとき、外側にはその雨を生み出す“何か”があるはずである。
本作は、車内の世界を捉え続けながら、同時にその車外の世界を予感させる。舞台装置であり、フレームのように機能し、人々の出入りにより駆動するこのタクシーが、フレームの内側やタクシーの車内という限定された空間だけでなく、その外側にも世界は続いているはずだと、目的や問題は続いているはずだと、強く意識させるのである。

http://www.telegraph.co.uk/film/taxi-tehran/review/
http://www.telegraph.co.uk/film/taxi-tehran/review/

ある“世界の中心”を捉えながらも、常にその外側を予感させ続ける『人生タクシー』は、個人の内側の小さな世界に寄り添いながらも、同時にその外側にある大きな世界を鮮明に照らし、駆動する。映画を観ることの喜びや、視野が広がっていく驚きを、観客にも改めてもたらしてくれるだろう。
2015年のベルリン国際映画祭で、審査員長のダーレン・アロノフスキーは「この作品は映画へのラブレターだ」と賞賛した。ラブレターに必ずしも返信があるわけではないことは、誰もが知るところだろうが、このラブレターを受け取り、返信する機会は、我々の誰もが有しているのである。多くの人にこのラブレターが届くことを祈るばかりだ。

『人生タクシー』は、2017年4月15日(土)より、新宿武蔵野館ほか全国順次公開予定。

【『人生タクシー』公式ウェブサイトはこちら

Eyecatch Image: http://www.newyorker.com/culture/richard-brody/jafar-panahis-remarkable-taxi
All Images © 2015 Jafar Panahi Productions.

Writer

Yushun Orita

『映画と。』『リアルサウンド映画部』などに寄稿。好きな監督はキェシロフスキと、増村保造。

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