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ごく普通の女性の生活から見えてくる反戦へのメッセージに心動かされる『この世界の片隅に』レビュー

『この世界の片隅に』

2009年のアニメ映画『マイマイ新子と千年の魔法』が異例のロングラン上映とアンコール上映を達成して話題を呼んだ片渕須直監督が、NHKの復興支援ソング『花は咲く』のアニメ版で手を組んだこうの史代原作の同名漫画を映画化。作品の製作決定の前にクラウドファンディングによる支援者募集が行われ、日本全国から「この映画が見たい」という圧倒的な支持を受けて作られたことも話題になった。

主人公であるすずさんの声を演じるのは、本作でアニメ映画初主演となるのん。彼女を囲む声優陣も細谷佳正、小野大輔、潘めぐみ、牛山茂など、実力派が揃っている。 1944年(昭和19年)2月。舞台は広島県。のん演じる18歳のすずさんに突然、縁談が持ち上がる。良いも悪いも決められないまま話が進み、彼女は広島から呉にお嫁に行くことに。見知らぬ土地で、細谷演じる海軍勤務の文官・周作の妻となる。夫の両親は優しく、よくやってくる義姉は厳しく、その娘はおっとりしていて可愛らしい。配給物資がだんだん減っていくという悪環境の中だが、すずさんは工夫を凝らして食卓を賑わせ、衣服を作り直し、時には好きな絵を描き、日々の生活を積み上げていく。だが、1945年(昭和20年)4月、呉の日常は空を埋め尽くすほどの数の艦載機による空襲にさらされ、日常が一瞬にして破られる。

物語は戦時下のすずさんの日常を美しい映像と繊細な描写で積み重ねていく。静かな展開から音でビックリさせられる爆撃シーンや間接的にだが原爆投下のシーンなど、戦争が描かれていくが、それは少しだけ。あくまでもすずさんというひとりの女性を描くことによって、声高ではない反戦へのメッセージがダイレクトに心に響いてくる。最初はどうなるかと不安だったのんの声が次第にピタリとハマり出し、すずさんの心の変化を実に巧みに表現している。

冒頭に流れるコトリンゴ(音楽を担当)のザ・フォーク・クルセダーズのカバー「悲しくてやりきれない」から心を掴まれ、劇中に流れる温かい音楽にも心癒やされる。 この作品をアニメだとあなどるなかれ。実写映画とはひと味違う、アニメだからこその豊かな表現力で見る者の心を揺さぶり、見終わった後、心に何かを残してくれる。
2016年の話題をさらうであろう傑作の1本をぜひ映画館のスクリーンで目撃していただきたい。

Writer

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masashiobara小原 雅志

小学館のテレビ雑誌『テレパル』の映画担当を経て映画・海外ドラマライターに。小さなころから映画好き。素晴らしい映画との出会いを求めて、マスコミ試写に足しげく通い、海外ドラマ(アメリカ、韓国ほか)も主にCSやBS放送で数多くチェックしています。

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