【ネタバレ】『ルイス・ウェイン』悲劇シーンの鳥肌解説 ─ 構図に隠された意図とは?納得の理由が判明

この記事には、『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』のネタバレが含まれています。

『ルイス・ウェイン』妻エミリー逝去シーン、なぜ亡骸を映さなかったのか?
イギリスの猫画家ルイス・ウェインの生涯をベネディクト・カンバーバッチ主演で描いた映画『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』。ルイスは周囲の反対を押し除け、妹たちの家庭教師として出会った妻エミリーと結婚する。
ルイスは上流階級の生まれで、当時のイギリスでは階級違いの結婚はタブー視されていた。加えて、エミリーはルイスより10歳年上という“歳の差・格差婚”。この禁断の結婚はたちまちよからぬ噂を呼ぶこととなった。

変わり者だったルイスにとって、エミリーは世界一の理解者となり、2人は幸せに暮らしていた。しかしある日、エミリーは末期の乳がんを患っていること、余命幾ばくもないことが明らかになってしまう。
永遠の愛を誓い合う2人。だがある朝、ルイスがエミリーの眠るベッドに朝食を運んだ時。ルイスは、そこで異変を感じ取った。ベッドの方を一瞬だけ振り向き、すぐに顔をそらす。そのまま黙ってティーカップに紅茶を注ぎ、急ぐようにティースプーンも添えると、堅い足取りで部屋を飛び出していく。
黙りこくったまま、ルイスは別の部屋に入って、マッチに火をつけようとする。ところがいつものようにうまく火がつかない。擦って、擦って、擦ってみても、火がつくことはない。両手が震えているのだ。
ルイスはマッチを手放し、朝の木漏れ日を浴びて呆然とする。やがてすっくと立ち上がり、再び寝室に戻る。意を決して部屋に入り、今度はベッドの方に直面する。声も出ない。次のシークエンスでエミリーの葬列に移ると、ルイスが見たものがエミリーの遺体であったという辛い事実に、観客も向き合わざるを得なくなる。
心細いルイスが何よりも愛した妻との、あまりにも残酷な死別を描いたこのシークエンスで、ウィル監督はエミリーの遺体をあえて映さなかった。筆者は監督とのインタビューで、このシーンについて「引き算の美学があった」と伝えると、「あれは編集段階でそうなったんです」との返答を得た。
つまり、エミリーの遺体も撮影していたのか?監督は「そうです」という。
「斜めの角度から撮って、何が映っているのかは悟れるようにしました。3通りか4通りのフレーミングを試したのですが、どれもしっくり来なかったんです。だから編集段階で、いっそのこと取り除いてみた。そうしたら、かえって恐ろしさが際立ったんです。」
さらに監督は、エミリーの死を知ったルイスの心境について、こう語っている。
「あの瞬間、ルイスは妻の死を受け入れることができていない。一旦、見ていないことにする。だから最初、部屋から逃げ出して、何事もなかったかのように振る舞おうとします。」
監督は、エミリーの亡骸を映したことによって、「変な形でちょっとカタルシスが生じてしまった」と振り返る。「なので、抑えることにしたんです。そうすることによって、本編はこのシーン以降ずっと、ルイスがエミリーの死を受け入れていくプロセスとして見せることができるからです。だから、物語が続いていくことを考えて、ここではあえて不完全な形にしたわけです」。