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【レビュー】『探偵マーロウ』 リーアム・ニーソンの老マーロウは、あまりタフではない

探偵マーロウ
©2022 Parallel Films (Marlowe) Ltd. / Hills Productions A.I.E. / Davis Films marlowe-movie.com

ハードボイルド探偵の元祖として、ダシール・ハメットのサム・スペードと並んで挙げられるのが、レイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーロウだ。己の孤独も、脆弱性も、痛みも客観視しながら、感情に流されることなく、事件と人と自分自身を見つめる男。数々の作家や映画人らに多大な影響を与えた、絶対的な手本。1930~1950年代に何度も映画化された、古き良きタフな私立探偵をあのリーアム・ニーソンが演じた映画が『探偵マーロウ』だ。

アメリカ・ロサンゼルスに事務所を構える探偵フィリップ・マーロウを訪ねてきたのは、見るからに裕福そうなブロンドの美女クレア(ダイアン・クルーガー)。「突然姿を消したかつての愛人を探してほしい」との依頼を引き受けたマーロウだったが、映画業界で働いていたというその男はひき逃げ事故で殺されていた。捜査を進めるにつれ、“ハリウッドの闇”の謎が深まっていく。

この映画、やや特殊な成り立ちとなっている。というのも、本作の原作小説である『黒い瞳のブロンド』はレイモンド・チャンドラーが執筆したものではなく、彼の死後に本家公認で執筆された作品なのだ。名作『ロング・グッドバイ』の続編という設定となっており、劇中には前作での経緯が部分的に踏まえられ、かつての登場人物が言及されたり、再登場したりする。

『黒い瞳のブロンド』のくわしい書評は他に任せたいが、この作品はチャンドラー・ファンの間で評価が分かれる作品となっている。チャンドラーの巧みで豊潤な文章表現の果敢な再現に挑んだ取り組みは敬意に値する一方で、どこかよそよそしく、やむなく“パロディー”化している印象はどうしても否めない。ハードボイルドの体現者であったマーロウの人物像をめぐっても、繊細な解釈違いによる議論がある。もっとも意見が分かれるのはその結末で、これは『ロング・グッドバイ』が燻らせた余韻に対する、極めて大胆な挑戦となった。

探偵マーロウ
©2022 Parallel Films (Marlowe) Ltd. / Hills Productions A.I.E. / Davis Films

ウィリアム・モハナンが脚本を、ニール・ジョーダンが監督を務めた本作『探偵マーロウ』だが、この『黒い瞳のブロンド』からさらに逸脱させた独自の脚本となっている。主人公マーロウの元にクレアという依頼人が現れ、失踪したニコという恋人を探して欲しいと調査を持ちかける導入や、主要な登場人物は原作通りであるものの、2時間弱の短い脚本にまとめるため、宿命的に多くの展開を省略し、原作にはないオリジナルの展開を取り入れた(往年の映画版のタイトルがいずれも原作小説に基づくタイトルだったのに対し、本作は『黒い瞳のブロンド(The Black-Eyed Blonde)』ではなく『探偵マーロウ(Marlowe)』となった点にも象徴的だ。権利上の都合かもしれないが)。

村上春樹訳のマーロウ長編全作と『黒い瞳のブロンド』を読んだ“いちファン”として率直に語るのなら、本作のマーロウ像はやや受け入れ難い。

リーアム・ニーソンの主演映画としての観客が期待するかもしれないアクションへの要求に応えようとするような場面がある。原作でもマーロウはチンピラを相手に格闘したり、過去の映画でも銃撃戦が描かれることはあるのだが、本作の演出はちょっと行き過ぎで、オリジナルの精神とは異なる。ほとんどのチャンドラー・ファンにとって、マーロウという年季の入った憧れのキャラクターへの新解釈は歓迎しにくいだろう。つまり、マーロウに派手でビビッドなスクリーン映えは求めていない。彼は、タフで皮肉な、ウィットに富んだ観察者なのである。

探偵マーロウ
©2022 Parallel Films (Marlowe) Ltd. / Hills Productions A.I.E. / Davis Films

70歳になったニーソンがマーロウ役というのも、なかなか際どいものがある。かつてロバート・ミッチャムは50~60代でマーロウ役を演じたが、ニーソンは歴代最高齢となる(ちなみに『ロング・グッドバイ』の時点でマーロウは42歳とされる)。

もちろんニーソンは実年齢よりも若々しく、熟練の孤独な探偵役にふさわしい燻銀の魅力を備えている。しかし劇中でマーロウが女性と絡む場面となると、途端に違和感が生じ始めるのだ。マーロウは自然と女性にモテるキャラクターで、美女に言い寄られることも多いのだが、最終的には孤独を選ぶような男。恋に発展する直前の駆け引きのパートを演じることが多く、『黒い瞳のブロンド』では、珍しく女性と身体の関係を持つ展開も描かれている。

ニーソンがこの役割を務めると、どうしても原作通りの文脈を引き継げない。相手役のダイアン・クルーガーとは24歳差。このクレアを前にするニーソン版マーロウは、次に会う時にはベッドを共にしているかもしれない相手というよりも、どちらかというと親戚の叔父のように見える。そのためか本作の脚本では、情事のパートが省略された。

探偵マーロウ
©2022 Parallel Films (Marlowe) Ltd. / Hills Productions A.I.E. / Davis Films

もっとも、これは原作の展開に忠実であってほしいという主張ではない。『黒い瞳のブロンド』が“公認二次創作”のような性質である以上、そのプロットを正確になぞる必要性もそこまで重要なことではないと思うからだ。そもそも原作の結末が『ロング・グッドバイ』と密接に関わっているので、これを映画化するのなら改変は必然的。それに、マーロウの歴史を振り返れば、1973年米公開のロバート・アルトマン版『ロング・グッドバイ』がある。これは舞台を1970年代に改変し、原作を非常に大胆に脚色した映画なのだが、これはこれでと一定の評価を受けている。ドラマ『探偵物語』で松田優作が演じた主人公も、このやや三枚目なマーロウに影響を受けたと言われる。

Writer

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中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者。代表。運営から記事執筆・取材まで。数多くのハリウッドスターにインタビューを行なっています。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。

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