【レビュー】『探偵マーロウ』 リーアム・ニーソンの老マーロウは、あまりタフではない

『探偵マーロウ』は先を急ぐように進み、老いたニーソン版マーロウは物事の急展開に振り回されて疲弊する。この映画のマーロウは芯のある私立探偵というよりも、お人好しの保護者が事件になんとか喰らいつこうとするように振る舞う。「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」とはマーロウ作品『プレイバック』に登場する有名な一節だが、『探偵マーロウ』のリーアムは、ややタフさに欠ける。歳を重ねたリーアムの目元はすっかり優しい。
原作よりも、ハリウッドの映画業界にまつわる場面が多くなっており、映画スタジオでの撮影の様子などがよりフィーチャーされた。実はチャンドラー自身も、小説だけでは食えない頃に映画シナリオを書いて生計を立てていたことがあり、アルフレッド・ヒッチコックやビリー・ワイルダーといったフィルムメーカーらとも仕事を共にしている。劇中ではヒッチコックの名のほか、1941年に映画化されたダシール・ハメット『マルタの鷹』の言及など、さりげないオマージュも見られる。
それでも、フィリップ・マーロウの映像作品としては物足りない。ハンフリー・ボガートのマーロウはより探偵らしく嗅ぎ回り、1973年のエリオット・グールド版マーロウは猫を愛するぶっきらぼうな暮らしぶりを我々に観察させた。最も忠実な映像化となったロバート・ミッチャムの『さらば愛しき女よ』(1975)『大いなる眠り』(1978)ではモノローグを多用しながらチャンドラー節をうまく再現した。『探偵マーロウ』では、ウィットに富んだ会話劇や、マーロウが皮肉を切り返す姿を、もっと見たかった。
ニーソンにとって本作の意義は、“チャンドラーのマーロウ”を演じる機会というよりも、“懐かしいノワール映画のキャラクター”を演じることにあったようだ。筆者は本作について、ニーソン本人から直接話を聞いているが、彼は本作のオファーをもらうまでチャンドラー作品は全くの未読であったことを、自分でも意外そうな様子で話した。
それよりも、ニーソンが愛おしげな様子で挙げたのは、1940年代のノワール映画たち。おそらくニーソンは本作に対して、彼が子供の頃にテレビで観て憧れていたという「トレンチコートを着て、口の端に煙草を咥えた男たちの映画」としてアプローチしたのだと思う。

で、あれば、本作はニーソン主演のノワール映画として、割り切って鑑賞するべきなのだろう。今なおバリバリのアクション・スリラーへの出演を続けるニーソンが、渋くてダンディな探偵役で、1930年代のハリウッドを舞台に活躍する、黄昏の物語。昔のハリウッドといえば、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』『バビロン』でも取り扱われた、人気の題材だ。
それでも本作は、主人公もプロットも凡庸だ。心に残ったセリフと言えば、マーロウが格闘の末にこぼした「私も歳をとって鈍くなった」という言葉。老いたキャラクターの自虐を表すものだが、なんだかメタ的な言い訳にも感じてしまった。
映画『探偵マーロウ』は2023年6月16日より公開中。