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『ソーシャル・ネットワーク』冒頭における編集の超絶技巧 ─ 連載『名作映画は何が名作なのか』その1

今回から編集部のご厚意で、持ち込み企画の「映画鑑賞法」に関する記事を連載させていただけることになりました。よろしくお願いいたします。

僕は過去、映画の作り手側、上映側、批評側、そして観客側と接しながらライター活動を続けてきました。さまざまな視点を持ったことで気づいたことがあります。小説家・米澤穂信の文章を借りれば「名作は名作として生まれてくる」(『クドリャフカの順番』より)という真実です。

たとえヒットしなくても、「名作」の評価は映画を愛する人々の中で揺るがないでしょう。なぜなら、名作には名作にしか持ちえない優れた創意工夫がこらされているからです。それは、商業的結果や流行に左右されるものではありません。あまり世間で知られていない作品でも、映画関係者やコアな映画ファンの中では当然のごとく「名作」として認定されているケースは非常に多いです。

あまり知られていない作品を「名作」として紹介するのもライターとしての立派な義務です。ただ、僕はあえてこの連載で、すでに「名作」と広く認識されている映画がどんな風に「名作」なのかを説明したいと思います。「名作」を見抜く基準を少しでも多くの人が共有してくれたら、「名作」として生まれてきた作品が世に埋もれる可能性を減らせるからです。ただ、もっと気軽に映画を見たい観客にも新しい視点を紹介する内容にはしていくつもりです。そこで、僕が毎回取り上げる映画は、現代の観客にも親近感を覚えてもらえるよう、ゼロ年代以降の有名作品に限定しました。また、THE RIVERcinemaの方向性上、欧米の作品に偏っているのもご容赦ください。

記念すべき連載第一回の題材は、メディア新時代の幕開けを高らかに宣言した『ソーシャル・ネットワーク』(2010)です。そして、連載の幕開けでもあるだけに、映画の幕開けに見られる超絶技巧を分析していきましょう。

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「99回テイクを重ねた」冒頭シーン

男女が向かい合って話をしているだけ、しかも二人は特に目立つ動きを見せるわけではない―。にもかかわらず『ソーシャル・ネットワーク』の冒頭5分間は、観客をあっという間に映画の世界へと引き込んでしまいます。

ただし、このシーンの概要は、主人公のマーク・ザッカーヴァーグ(ジェシー・アイゼンヴァーグ)が彼女にフラれる、それだけです。その後にはマークが仲間たちとフェイスブックを開発し、成り上がっていく展開が待ち受けていますが、めくるめくドラマの始まりとしては、多くの観客が地味な印象を受けるのではないでしょうか。

デヴィッド・フィンチャー監督はこの動きが少ない会話シーンのために99回ものテイクを重ねたと、アイゼンヴァーグは語っています。ただのジョークである可能性もありますが、少なくともどれだけこのシーンの撮影が苦労したかは伝わりますね。それだけ、作品にとって重要なシーンだということなのでしょう。

さて、ここで二つの疑問がわいてきます。どうしてこの会話シーンがそんなに重要なのか?そして、何回もテイクを重ねることに一体どんな意味があったのか?シーンを細かいカットやショットに細分化しながら考えていきましょう。

*ここでは映像そのものを「ショット」、編集の流れの中で登場する映像を「カット」と区別します。

ズームアップの瞬間に発せられるキーワード

まず、暗い画面から男女の会話が聞こえてきて徐々に状況が明らかになっています。映し出されるのはどうやらパブのようで、喧騒から察するに高級店ではなく大衆店だと一瞬で理解できます。会話のテーマは学力試験についてです。男女の名はマーク(ジェシー・アイゼンヴァーグ)とエリカ(ルーニー・マーラ)。

状況と会話の内容から、男女はデート中の大学生同士なのでしょう。重要なのはファーストカットでテーブルに向かい合って座っている二人の姿が、同じフレーム内に映し出されていることです。このカットは後々効いてくるので覚えておきましょう。

開始1分も経たないうちに、二人の顔が交互にズームアップされます。合計で1秒ほどの2カットですが、少し唐突な感じがしないでしょうか?実はこのとき、二人の口から“Final Club”という言葉が飛び出しています。おそらく、“Final Club”という言葉を観客に印象づけるためにズームアップが使われたのでしょう。

Final Club”とはハーバード大学内で、上流階級の優秀な生徒だけが招待される社交クラブのことです。“Final Club”に入会するとその後の人生を左右するほどのステータスと人脈が付与されます。マークが学力を話題にしていたのは、「自分は“Final Club”に相応しい頭脳の持ち主だ」という意図だったのでしょう。しかし、見た目が野暮ったく、上流階級出身でもないマークは“Final Club”から声をかけてもらえず、恋人相手に愚痴っているのです。

アイゼンヴァーグとマーラの演技は対照的です。早口で神経質なアイゼンヴァーグの特徴に対し、マーラは落ち着いた話し方をしています。お互いがお互いの個性を際立たせることで、正反対な二人の性格が浮き彫りになっていきます。観客が性格の違いを意識し始めたタイミングでまた、二人の姿がワンフレームに収まります。話題を変えようと、メニューを見て注文をしようとするエリカに、我関せずといった態度でビールをすするマーク。見事なコントラスト、絶妙な編集です。そう、『ソーシャル・ネットワーク』を傑作たらしめている大きな要因が、本作の編集の的確さなのです。

 ズームアップとバストショットはどう使い分けられているか

話題は再び“Final Club”の話に。すると、またもやズームアップになる二人の顔。やはり、“Final Club”は重要キーワードで間違いなさそうです。あまりにもかみ合わない会話に、エリカの声が怒りを帯びてくるのが分かります。同じアングルからのカットを重ねることで、余計に声のトーンの変化が目立っていきます。

二人のズームアップが連続し、バストショット(人物の胸から上を映し出す構図)に切り替わります。すると、マークの細かい仕草が効いてきます。前のめりになったり、ジョッキを口に運んだり、彼女を指で差したり…。どんどん不遜さがエスカレートする一方です。マークのアクションをじっくり見せるためにはズームアップよりバストショットが有効ですね。

そして、ついにマークは迂闊な言葉を口走ってしまいました。彼女の学歴を見下して、怒らせてしまうのです。売り言葉に買い言葉で、彼女はマークの出身地を田舎だと馬鹿にします。“Final Club”に入会できなかったマークが一番嫌がるであろう言葉をあえて口にしたのでしょう。

彼女の捨て台詞は「あなたは性格が最悪」でした。このシーンのラスト2カットは、席を立つ彼女と、同じく腰を上げるマークで締め括られています。彼女が去るときは画面左側に、マークが去るときは画面右側に向かってフレームアウトし、もう二人の人生が交わることがないと示唆されます。ファーストカットと同じ構図で彼女が去っていく、という編集も見事ですが、あえてそこで終わらせず、マークの動揺した表情を最後に抜いているのが、本シーンをワンランク上の完成度にまで高めています。

わずか5分間に作品のテーマを内包する編集

ここまでで上映時間は5分強。その中で詰め込まれた、膨大なカット数が衝撃的ですが、組み合わせパターンは驚くほどシンプルです。 

  • マークのアップ
  • エリカのアップ
  • マークのバストショット
  • エリカのバストショット
  • 二人が同時にフレームインしているミドルショット 

このシンプルさが、逆にマークのエキセントリックさを印象づけています。この後、マークは彼女にフラれた悔しさと上流階級への嫉妬をバネにして、フェイスブックの原型を開発し、億万長者への階段を駆け上がっていきます。しかし、その過程で彼が行う裏切りの数々は、まさに「性格が最悪」と言われるに相応しいものです。

つまり、『ソーシャル・ネットワーク』の冒頭5分間が非常に重要なシーンだといえるのは、本作のテーマを全て内包しており、しかもそれを男女の喧嘩という日常のシーンでさりげなく描いてしまっているからです。声高にテーマを叫ぶような映画は分かりやすいかもしれませんが、観客を白けさせるでしょう。そのため、多くのクリエイターはテーマと何気なさの狭間でどうやって物語を成立させるかに苦悩しています。『ソーシャル・ネットワーク』はその点でお手本のような構成になっています。

フィンチャー監督がテイクを何度も繰り返してまで、俳優の演技にこだわり抜いた理由もこれではないでしょうか。フィンチャー監督はアーロン・ソーキンが書き上げた脚本を読んだ時点で、冒頭シーンの重要性に気づいていたのでしょう。あくまでも大学生カップルの一コマのようなムードで、世界を変える大発明のきっかけを描き出すというミッション。そのためには妥協せずに俳優の演技を引き出しながら、ありとあらゆる編集の可能性を想定し、テイクを重ねる必要があったのだと思います。

そして、編集を経て出来上がった『ソーシャル・ネットワーク』の冒頭シーンは、何種類もの具材を煮込んで作ったスープの上澄みのように、作り手の工夫が凝縮された極上の表現となりました。現場のねばりと超絶的な編集テクニックが重なり、見返すたびに新しい発見をもたらしてくれる名シーンです。

 

Writer

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石塚 就一就一 石塚

京都在住、農業兼映画ライター。他、映画芸術誌、SPOTTED701誌などで執筆経験アリ。京都で映画のイベントに関わりつつ、執筆業と京野菜作りに勤しんでいます。

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