『レミニセンス』SF超大作に潜むリアリティに身を委ねよ ─ ノーラン作品の延長線上にある特異性を探る

「誰もが逃避したがっているのだと思います。励みになる、楽観的な物語が重宝されるのです。」
これは、『英国王のスピーチ』(2010)や『メッセージ』(2016)『アイリッシュマン』(2019)など、数々の名作を世に送り届けてきた米映画製作&配給会社FilmNation Entertainmentのミラン・ポペルカCOOが、パンデミック以降の映画業界における需要の変化について述べた言葉だ。映画製作や販売の第一線を見てきたポペルカ氏によれば、コロナ禍以降の映画ファンは日々の鬱憤を助長するような物語ではなく、観客を別世界に誘う映画を求めているという。
「ウエストワールド」(2016-)の製作コンビで知られるジョナサン・ノーランとリサ・ジョイによる最新作『レミニセンス』も、そんなFilmNation社がコロナ禍に公開した1作。本作が異彩を放っているのは、ポペルカ氏による冒頭のキーワード「逃避」がテーマの1つとなっていることだ。ここに規格外の映像スケールや壮大な音楽が加わることによってSF超大作へと昇華された本作は、まさにコロナ禍に堪能したい1作である。
2022年1月7日(金)、この『レミニセンス』より、ブルーレイ&DVDがリリースされる。新年早々、こたつの中からでも異世界にトラベルできてしまうのだ。
監督が1人の女性に着想を得た「記憶」の物語

ストーリーは、本作で長編監督デビュー果たしたリサ・ジョイによる完全オリジナル。亡くなった祖父の家の屋根裏部屋で見つけた女性の写真に着想を得たという。インスピレーションが弾けた瞬間について、ジョイはこう語る。「(写真は)撮影されてから50年は経過していたと思います。すごく美しい方で、(写真の)裏側には“スキ・リン(Suki Lynn)”という名前が記されていました。その時、ふと思ったんです。祖父はもう逝ってしまったから、私はこの女性のことを一生知ることができないんだ、と」。ジョイは、自身のパーソナルな物語から、ヒュー・ジャックマンによって演じられることになる“記憶潜入エージェント”の男、ニックを生み出した。
舞台は、戦争と海面上昇により都市が水に囲まれた近未来のマイアミ(実世界でも、マイアミは深刻な海面上昇問題に直面している)。主人公のニックは、未来に失望した住民に、記憶潜入装置を用いて“過去”を提供することで生計を立てている。ある日ニックの元に、メイ(レベッカ・ファーガソン)という名の魅惑的な女性が、忘れ物を探すためと記憶潜入を依頼しにやってくる。ニックは、メイが運命の女性だとひと目で確信。その後、恋仲へと発展させていく2人だが、幸せな時間もつかの間、何の前触れもなしにメイはニックの前から消えてしまったのだ。ここが壮大なSFサスペンスの入り口である。
「ウエストワールド」コンビが魅せる映像トリック

監督・脚本のリサ・ジョイと製作のジョナサン・ノーランは、アンドロイドの反乱を題材にしたドラマ「ウエストワールド」で、物語の序盤から現実と虚構の線引きを曖昧にする演出を取った。我々が目にしているのは人間か、それともアンドロイドなのか、と。
映像の一方向的な性質が作り出す“真実らしさ”をあえて最初から組み込むことで、観る者を“置いてけぼりにする”という大胆なストーリーテリングは、ジョイとジョナサンの独創性・作家性を支える大きな柱。それゆえ『レミニセンス』でも、開始30分足らずで2人が仕掛ける映像トリックにはまってしまう。
メイを失ったニックに残されたのは、彼女と過ごしたわずかな期間の「記憶」のみ。ニックは身体を記憶潜入装置に沈め、メイの行方を捜索していく。その一方で、ある時、麻薬王の摘発を目指していた検察から仕事の依頼を受けたニックは、一連の麻薬取引にメイが関わっていることも知る。
そこから本編は中盤まで、ニックの記憶を通して見る「過去」と、ニックの捜索を追った「現在」の映像が交錯していくことになる。タイムループが用いられた「ウエストワールド」に対して、『レミニセンス』の映像トリックは比較的シンプル。それでも、現在と過去の頻繁な往来により、ストーリーの時系列が掻き乱されていくのである。
『メメント』との比較、ジョナサン・ノーランの存在感

その『レミニセンス』を、単なる難解SFではなく“現実的なサスペンス”として成り立たせているのは、狂言回しがニック自身に設定されていることだ。語り手を第三者が務めたり、あるいはカメラ自体が3人称的な役割を果たしたりするのではなく、『レミニセンス』では1人称的に物語が進んでいく。このことを含め、本作のストーリーテリングは、ジョナサン・ノーランが原案として携わった長編映画1作目『メメント』と重なる部分がある。
『メメント』といえば、殺された妻の復讐に駆られた男の物語。ガイ・ピアース演じるレナードは、妻を助けようとした際に負った怪我の後遺症により、記憶を10分間しか保つことができない前向性健忘症を患ってしまう。本編は、物語のオチを冒頭で提示したのち、時間が結末から離れていくカラーパート(逆行)と結末へと向かっていくモノクロパート(順行)が並行しながら進んでいくのだ。(この2種類の映像を用いた手法も、『レミニセンス』と共通している。)
さらに、『レミニセンス』と『メメント』は、主題が“記憶”に据えられていることでも重なる。“記憶”というテーマは、製作のジョナサンが一貫して扱ってきたこと。つまり、本作では“ジョナサン・ノーラン”イズムが受け継がれた1作でもあるのだ。
しかし、記憶の扱い方それ自体は似て非なるもの。大学時代、一般心理学の授業で特殊な記憶障害のことを知ったというジョナサンは、『メメント』(2000)の着想として、「人が過去に起きた悪い出来事を思い出さざるを得ない状況に興味を持った」と語っていた。その通り、『メメント』の主人公レナードは、妻への復讐という内的動機づけによって、10分で消えてしまう記憶を思い出しては忘れ、再び思い出すことを繰り返す。そして、その度に妻の死(=苦しみ)に直面することになる。

強制的に記憶と直面させられる人間の物語を描いているのが『メメント』であれば、『レミニセンス』は記憶と積極的に直面していく人間の物語だ。上述の通り、本作はもう二度と知ることができない写真の中の女性に着想を得た話だが、記憶との向き合い方自体には、かつて法律の世界に身を置いていたジョイの実体験が反映されていた。ジョイは次のように語る。
「地区検察局でしばらく働いていた時、家庭内暴力(の案件)を扱っていました。そうした経験が、記憶に対する自分の気持ちに影響を与えたんだと思います。暴力の被害者を見る、そしてそれを繰り返すことで、ショックを受けたんだなと。[中略]また、証人が当てにならないことにも私は失望していました。信頼できる証人を得られるのは本当に難しいんです。人はよく話を作り変えてしまいますから。[中略]だから、“タンク(記憶装置)に人を入れて、何が起きたのかを見られたら、どんなに良いか”と思ったんです。」
したがって『レミニセンス』は、ジョナサンの抽象的なアイデアから生まれた『メメント』とは異なり、ジョイ自身の経験に基づいた“記憶”の物語なのだ。どこか『メメント』が概念的な物語であるのに対し、『レミニセンス』では常に感情がつきまといリアリティを帯びている。
『インターステラー』に近い伏線で感情を引き出す

ストーリー部分をジョイが担ったのであれば、ジョナサンが本作で徹した役割は、物語の演出だ。その最たる例こそ、モノを通して表された“伏線”である。
『メメント』では、主人公レナードがインスタント・カメラで撮った写真とそこに記したメモ、重要な事実のみを刻んだタトゥーなどを記憶の頼りにしており、これは観客に与えられた唯一の大きなヒントでもあった。『レミニセンス』でも、難解に進むストーリーのヒントとなる伏線が大胆に敷かれている。
さらに言えばその伏線の落とし方は、ジョナサンが脚本を手がけた『インターステラー』(2014)により近い。同作は、本の落下や腕時計の破損といった、感情移入しやすい登場人物たちの身の回りにあるモノに伏線が張られ、それらが忘れた頃に回収されると、観客一人ひとりの中に眠っていたエモーショナルな感覚を一気に呼び覚ました。
まさに『レミニセンス』でも、観客の感情に訴えかける演出が踏襲されているのだ。本作の場合、ヒュー・ジャックマン演じるニックとレベッカ・ファーガソン演じるメイの刹那的なラブストーリーを強調するという意味でも、伏線は絶妙な役割を果たしている。
このように、『レミニセンス』をノーラン作品の延長線上としても見ると、共通したテーマ性や作品の特異性が浮かび上がる。
『TENET テネット』の系譜を継ぐSF超大作に身を委ねよ
とはいうものの、アクションも豪快にこなすヒュー・ジャックマンが主演であることの旨味も忘れてはいけない。記憶探偵という肩書を持っているニックには退役軍人という設定が与えられている。そのためニックは麻薬王のアジトに乗り込んだり、いかにも強そうな大柄な男を追跡したりと、本作では体当たりアクションを堪能することもできる。
なにせ、撮影監督は『コラテラル』(2004)『トレイン・ミッション』(2018)『21ブリッジ』(2019)などのポール・キャメロンだ。空間を巧みに駆使したスピード感あるアクションを映し出してきたキャメロンは、『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』(2011)『レヴェナント: 蘇えりし者』(2015)などでスタントコーディネーターを務めてきたブライアン・マックライトと手を組み、『レミニセンス』でも臨場感のあるアクションシークエンスを生み出している。
こうしたスリリングなエンターテインメント要素は、奇しくも『レミニセンス』が日本で劇場公開されるほぼ1年前に封切られた、ジョナサンの兄クリストファー・ノーランによる『TENET テネット』(2020)の系譜を継ぐものでもある。完全復活したとは今も言えないハリウッドで、ノーラン兄弟は「SF超大作」というフォーマットを変えず、映画ファンに寄り添い続けている。それならば、我々も彼らが創り出す世界に身を委ねようではないか。『レミニセンス』では、リサ・ジョイとジョナサン・ノーランによるリアリティを帯びた異世界に浸りきってほしい。
映画『レミニセンス』はダウンロード販売/デジタルレンタル配信中、ブルーレイ&DVD発売/レンタル中。年始のお供にどうぞ。
参照:Variety,Independent,FilmmakerMagazine,Polygon