【シン・ゴジラの次はコレ】数学者たちの戦争漫画『アルキメデスの大戦』で極限の頭脳戦に痺れろ!
改めて当サイトのタイトルをご覧いただこう。THE RIVERcinemaである。しかし今回はあえて、映画ではなく日本のマンガについて書かせていただきたい。
紹介するのは三田紀房『アルキメデスの大戦』。「ヤングマガジン」で現在連載中で、コミックスは3巻まで発売されている。1930年代の海軍を舞台に、戦艦大和の造船をめぐる数学者や軍人たちの攻防を描く物語なのだが……これが非常に面白いのである。

『アルキメデスの大戦』あらすじ
1933年、日本海軍の中枢機関である海軍省では、次世代の旗艦を作るための新型戦艦建造計画会議が開かれることになっていた。しかし海軍では、権力を握る“大艦巨砲主義”派と未来の海戦を予測する“航空主兵主義”派が対立しており、それぞれが別の設計案を提出。優勢である大艦巨砲主義派に対して「巨大戦艦を新しく作っても役立たない」と主張する航空主兵主義派は、巨大戦艦の建造を阻止すべく、相手方の異様に安く見積もられた建造費に注目するのだった。そこで第一航空戦隊司令官・山本五十六は、元帝国大学数学科の天才・櫂直に建造費の再検証を依頼する……。
ギリギリの頭脳戦を堪能すべし
ともすれば非常に地味なマンガだと思われるかもしれない。なにせ戦艦の建造をめぐって、男たちがひたすら情報を集めては数字を計算して会議するというストーリーなのだ。
しかしこれが地味に見えないのは、主人公の櫂直たちが追い込まれながら必死に頑張るという一点にこそある。櫂直はその驚異的な頭脳を武器に、膨大なデータと論理を駆使して対立する一派と戦うのだが、もちろん一筋縄ではいかない。学生上がりで煙たがられる櫂たちは度重なる妨害を受けるのだ。そこで彼らは、とにかく足を使ってデータを集めるのである。
少ない情報をかき集め、組み合わせて証拠に変える。時にはアクロバティックなやり方で情報を入手して会議にかける。議論のなかで相手のスキを突いて発言する。果たして櫂は建造費の不正を証明できるのか? もちろん史実を基にしているため、歴史を知っているとその後の展開は予想できるだろう。しかし、ともすれば史実ごと塗り替えて展開するのではとも思わされるスリルがこの作品には充満している。一級のサスペンスやスパイ・スリラーを思わせるような極限の頭脳戦、その面白さをシンプルにご堪能いただきたい。
『シン・ゴジラ』にハマっているあなたに

ところで『アルキメデスの大戦』のコミックス第3巻には庵野秀明が推薦文を寄せている。だからというわけではないが、このマンガと『シン・ゴジラ』には共通点を見出すことができる。
ひとつは『アルキメデスの大戦』が日本海軍という組織についての物語であることだ。『シン・ゴジラ』は日本政府に焦点を当てた物語だったが、こちらは戦艦建造を前にして派閥に分かれ争う者たちの思惑が交錯する様子が丁寧に描かれている。ある者は利害のため、ある者は自身の夢のため、ある者は正義のために……。そのなかで組織の存在そのものが浮かび上がってくる構造なのである。
そしてもうひとつは『シン・ゴジラ』と同じく専門用語が大量に盛り込まれたセリフの数々だ。主人公は数学を操って戦艦の建造計画に挑むわけで、劇中には数学用語や細かい計算の説明が頻出する。ただし作者の三田紀房自身が「専門用語って、わけがわからなくても入ってるといいモノなんです(笑)」と述べているように、まったく用語がわからなくても問題ない。実際に筆者はド文系のため、劇中で語られる専門用語や数学の内容についてはさっぱり理解できなかった。が、きちんと物語は理解できるし面白く読むことができる。数学の話だと思って食わず嫌いするのはもったいない!

http://mitanorifusa.com/news/archimedes_03/
「数字こそが正義」の世界で「数字以外の真実」を
『アルキメデスの大戦』は登場人物たちがみなデータや論理などを武器にする、いわば「ディスカッション・サスペンス」だ。作中で主人公の櫂直自身が「数字こそが真の正義」と言い放つほどである。ただしこの物語を面白くしているのは、その一方で「数字にできないもの」「理屈の通らないもの」を描いているという点でもある。
情報を集めるとき、会議が繰り広げられるとき、あるいはその合間にも、櫂直をはじめとした登場人物はあらゆる思惑で行動し、その結果として櫂の周辺ではさまざまな出来事が次々に発生する。すると櫂は日頃データや論理を重んじているにもかかわらず、時に感情を大きく揺さぶられてしまい、著しく冷静さを欠いてしまうのである。
また作中には、正論をたやすくねじ伏せてしまう“理屈のあわない正義”が正当化されていく様子や、その“正義”に櫂たちが反論できなくなってしまう葛藤も丁寧に描かれているのだ。人間という生き物が抱える割り切れない部分や、社会の不条理にスポットライトが当てられているところにも注目してほしい。

http://mitanorifusa.com/news/archimedes_03/
まだまだ書きたいことはたくさんある。たとえば戦艦大和の是非や社会情勢についての議論から現代の問題が浮かび上がる、その背筋が寒くなるほどに強烈な現代性/現在性。一見して地味な場面の合間に突然挿入される、ダイナミックな演出や緻密な描き込みの威力……。しかしここで過度に言及することは避けておくことにしよう。
『アルキメデスの大戦』は非常に優れたディスカッションドラマであり、政治スリラーであり、すさまじい現代性を帯びた戦争漫画だ。ぜひともご自分の目で確かめていただきたい。
source: http://natalie.mu/comic/pp/war_of_archimedes/